コーヒーの抽出

カウンターに座られるお客様の中には、時々、私の抽出する様子を見ながら質問をされる方があります。お湯の温度や器具について、コーヒー豆の挽き具合や使用している水についてなど。そんな時に備えて、軟水の水道水と比べるために硬水のエビアンを常備したり、コーヒープレスで淹れたコーヒーをペーパーフィルターで濾過したり、色々な飲み比べをしています。

 そして、もっとも多い質問は、松屋式で行う抽出後のお湯での希釈です。中には、お湯で薄めるアメリカンを軽視するお客様から、「あの店はお湯で薄めているから」と、理由を尋ねることもなく拒否反応を示す人もいたりするから面白いものです。しかし、何か他と違う淹れ方をしていると気付いてもらうことは、決して悪い事ではないのです。

 そもそも、コーヒーに関する質問をされる方の多くが、専門家とされる人の意見を聞きたいだけで、「何故?」という疑問を解決したいわけではなく、「答え」を聞き出したいだけの方が多いのです。私が、「簡単な実験ですから、自宅に戻られてから試してください。」と言い続けているものの、実際に試す人はほとんどいないのが実情です。ただ、一つの答えを聞き出し、また別の「答え」をメディアや専門家と言われる人の意見を聞いて、知名度のある方を「正解」としているだけなのです。

 『現代化学202312月号』(株式会社東京化学同人)の旦部幸博氏による「カフェ・シミック」では、「コーヒーの抽出」が取り上げられ、化学の実験操作とコーヒーの抽出には似ている点を取り上げていました。ただし、『コーヒーは「もの取り」とは違って、成分を高濃度・高収率で、たくさん抽出すればおいしいというものではない。最終的な抽出液が濃すぎても薄すぎてもおいしくなくなるし、総濃度が同じでも、少ない粉から高収率で、成分を余さず抽出しようとすると、「過抽出」といって、苦渋味などの嫌な味の割合が増えてまずくなる。「おいしい成分はより多く、まずい成分はより少なく」するのが重要だ。』と書かれています。

 そのために、浸漬式や透過式の抽出の際には、『「おいしい成分」が出尽くす手前で抽出を止め、なおかつ適切な濃度になるよう、コーヒーのプロたちがそれぞれ試行錯誤の末に編み出したものが、コーヒー本などに書かれている「おいしい淹れ方」だといえるだろう。』としています。けれど、理論的・経験的に「松屋式」や「高木まろやか式」が理にかなった抽出方法だと思うのだけど、コーヒー本とやらに登場する機会がほとんどないのは何故なんだろうか?

 「カフェ・シミック」の最後には、『抽出結果を客観的に数値化することは、個々の条件の影響を正しく理解する土台として重要である。ただし、大まかな傾向をつかむには十分でも、TDSPEも結局「おいしい成分」「まずい成分」を全部まとめて測った値にすぎない点には要注意だ。まだ当分は、プロによる主観的な官能評価に頼らざるをえないが、よりコーヒーに特化した、味覚・臭覚センサーの開発にも期待したい。』と締めくくられているものの、人の好みはプロの官能評価や機械的な数値では理解できない事が多々あることを幾度となく経験してきました。「こんなのが?そうなの?」と驚くような嗜好の違いを目の当たりにすると、おいしいコーヒーの抽出の沼に入り込んでしまうので、自分が提供できる今の抽出方法を続けているのです。 

 今回のように、コーヒーの抽出や、おいしい淹れ方等についての本を読んでいる方の内、実際に試してみる人はどのくらいいるのかな?そんな事を考えながら読み終えました。(「やりたい研究」と「やらなければならない研究」も面白い)

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コメント: 2
  • #1

    珈琲我が一部 (水曜日, 06 12月 2023 08:50)

    我田引水のコメントで恐縮ですが、小生はホーム・ロースト歴40年位の趣味のコーヒーオタク?です。家庭でコーヒーを楽しむ人々(ペーパーやコーヒーメイカー、時たまファンネル)と接する機会が月一くらいあり、抽出方法などの会話を楽しんでいます。主婦の方には、料理する過程を例にして理解を得ようとします。男性の方には、愛人の好みを例にして説明したりもします。農作物の観点からは、農学的知識、嗜好の観点からは、恋愛論を例にして理解を得ようとします。抽出論は書籍、経験値と実験からと、すべて私個人の満足がベースになります。自分の思考や嗜好を他者に説明することも自己満足。上記のことから、時・場所・状況により味わいが変化すると?万事塞翁が馬のように結果を都合よく受け止めるか、シュレディンガーの猫を追い求めるかは、個人の気分に委ねられる?のか。暇人の戯言コメント悪しからず。しかし、まめ蔵氏の思考すきです。

  • #2

    まめ蔵 (水曜日, 06 12月 2023 13:02)

    コメントありがとうございました。
    コーヒーの抽出の際には、あなたと同様に人に例えて話すことが多いです。「雑味を含めて全てを愛する妻のようなコーヒーを選ぶのか、自分に都合の良い部分だけを選択した愛人のようなコーヒーを選ぶのか、それはあなた次第です。」といった具合に。私は美味しい部分だけ抽出する松屋式で淹れているからといって、愛人ではなく妻を愛していますが。