廃線散歩

まん延防止等重点措置期間ということもあり、最近は、土岐市内の人気の少ない場所を探しては散策しています。そこで今回は、子供の頃に廃線となった、東濃鉄道の廃線跡地を散歩しました。実は、テレ東の「鉄オタ道子、2万キロ」を観た影響もありまして。

 土岐市内には1972年(昭和47年)まで、東濃鉄道が土岐市駅から駄知町まで電車が走っていました。小学校の通学路の途中に踏み切りがあったため、線路に耳を当てて音を聞いたり、小石を置いたりと、今ではできない(やってはいけない)事をした記憶があります。

その鉄道も1972713日の豪富災害によって鉄橋が流失し、2年後の19741021日に廃線となりました。その当時、東濃鉄道は多治見駅から笠原までの笠原線4.9kmと、土岐市から東駄知までの駄知線10.4km2路線を有していました。笠原線は1971年に旅客輸送は廃止となり、1988年に貨物輸送も終了して廃線となっており、名鉄グループのバス会社となっているものの、社名は「東濃鉄道株式会社」のままです。

廃線となった線路跡は多くが遊歩道となり、町民の散歩コースとなっています。サラリーマン時代はジョギングコースとして、土岐市総合公園のすぐ西側にある土岐市生涯学習館近くまで運動したものです。そこで、総合公園に車を駐車し、生涯学習館から駄知町方面へ、廃線跡の道路となった細い道を歩いていきます。

しばらく歩くと、駅ホームの形跡が残る石垣を見つけ、山神駅跡と分かる場所に着きます。そこから20m先には鉄橋跡の石垣があり、車一台程の道幅の道路の先は県道に繋がっています。鉄橋を進むと駄知町との境となる日帰りトンネルがあるそうですが、竹藪が続いているため、今日は諦めることにしました。(う回路があるらしい)日帰りトンネルの駄知町側は塞がっているそうですが、下石町側は1923(大正12)1月に駄知駅まで開通したときに掘られた石積みの壁が見えるんだとか。(お客様情報)

トンネルまでの道のりを諦め、鉄橋の傍らに祀られている猿投神社を参拝すると、鳥居の前には狛犬ではなく、猿投神社と書かれ大きな徳利が置かれ、参道の先にも同様の徳利があります。徳利の横には2003年に下石陶磁器工業組合の奉納された旨が記されています。 

天気の良い定休日、子供の頃を思い出しながら、廃線跡を散歩してみました。