甘くない蜂蜜の話

 最近、お店に来店される方の中に、養蜂をされている方が増えてきました。もちろん、生業養蜂家もいれば趣味養蜂家もいて、セイヨウミツバチを飼う人もいればニホンミツバチの人もいます。そして、それぞれの拘りもあってセイヨウミツバチの良さ、ニホンミツバチの良さを熱弁されるのです。 

 毎日ヨーグルトに蜂蜜を入れて食べている私ですが、正直、何がどう違うのか?養蜂の仕組みは少し知っている程度で、詳しい内容までは知る由もありませんでした。ですが、それぞれの話を聞いているうちに、「こっちの、み~つは、あ~まいぞ♪」ってな主張だけではないように思えてきたので、少し調べてみたのです。 

 養蜂を始める人が増えてきたのは事実のようで、平成2910月の農林水産省生産畜産部資料を見ると、昭和60年に9,499戸あった養蜂家が、安い外国産蜂蜜の増加と養蜂家の高齢化と共に減少し、平成17年には4,790戸にまで少なくなります。ところが、「ハチミツ〇〇〇」という飲料の流行で徐々に増え、その後の自然志向ブームと相まって国産蜂蜜に注目が集まり、平成29年には9,325戸まで増えていきます。 

平成18年からは始まった「銀座ミツバチプロジェクト」食に関するシンポジウムをきっかけに、銀座三丁目のビルの屋上を舞台に始まったこともあって、都心部では個人の養蜂が 自然志向の高まりとともに、趣味として養蜂がブームの後押しとなっていきます。今では、初心者でも始められるマニュアル本や基本キット(20万円程度)も存在するなど、私が知らなかっただけで、世間では生業養蜂家や趣味養蜂家が増えていたのです。 

 そうした養蜂家が増えて蜂蜜の生産量が増えたといっても、約95%が輸入に頼っているのが現状であり、中国73%、アルゼンチン9%、カナダ6%)ハンガリー2%など(出展:財務省「貿易統計」、畜産振興課調べ)、の国々の蜂蜜を食べているようです。だからこそ、国産蜂蜜への人気も高まったことから様々な問題も起きているのです。 

 その一つに、蜂蜜の偽装があります。海外産の安い蜂蜜を日本で飼育しているミツバチに与え、国産蜂蜜に変換したりするのは序の口で、砂糖水・異性化液糖をミツバチに与えて水増しするものです。そもそも蜂蜜の主成分は、ブドウ糖と果糖です。それに各種のミツバチ由来の酵素・植物由来の花粉・ビタミン・ミネラル・その他不純物が混ざっています。ミツバチが花から採ってきた花蜜(ショ糖が主成分)は、ミツバチの酵素によって蜂蜜(ブドウ糖・果糖)に変換されます。異性化液糖とは、ブドウ糖・果糖混合溶液のことであり、こうしたものは蜂蜜とはいえません。 

 また、「液体の金」と呼ばれる、ニュージーランド産の蜂蜜「マヌカハニー」の食品偽装問題もありました。マヌカハニーはニュージーランド原産のマヌカの木の花から採れる蜂蜜で、高い抗菌活性力を持つことから健康食品として注目を集めました。外傷ややけどの治癒や消化促進、美肌効果などもあるといわれ、人気はうなぎ上りとなったことから、生産量以上に国内で流通したという、まるで、過去のブルーマウンテン・コーヒーと同じ状況です。 

かつては、加熱処理をほどこして濃度を高めたり、人工甘味料を混ぜ込んで水増しした物まであり、「中身はほとんど水あめ。蜂蜜は風味を出すためだけ。」などと、うそぶく業者もいたそうです。 

 そうした事が過去のことだと思えば、先日ニホンミツバチを飼育している方から、「B級品でもいいからニホンミツバチの蜂蜜を買いたい。」という業者からの電話があったとのこと。どうやら輸入品とブレンドして「希少なニホンミツバチの蜂蜜」として販売するようです。これも、コーヒー業界に似たような内容があったりして。 

 もう一つの問題は、飼育戸数は増加傾向にある反面、一方で蜜源植物の植栽面積は減少し続けているため、蜂場の確保に関するトラブルが急増しています。日本で蜜源となる植物となるのは、草本ならレンゲ、クローバー、ナタネ、ソバ、イタドリなど、樹木ならニセアカシア、サクラ、ボダイジュ、トチ、ソヨゴ、ユリノキ、そして果樹のミカンにリンゴ、クリなど。さらに野菜や果物など数々の農作物を加えると非常に幅広くあります。  

しかし、農業が衰退して休耕と開発などで農地が減っていき、大きな蜜源であるレンゲやクローバーの栽培が減ってしまいました。とくにレンゲの花を外来害虫が食い荒らす問題も起きています。また、野菜や果樹も作付けの転換などでいきなり栽培が打ち切られることもあり、品種改良によって蜜や花粉の量が減らされた果樹や園芸品種が栽培されることも影響しているようです。 

 そうした養蜂を取り巻く環境が変化し、趣味養蜂家の増加や、蜜源の減少、養蜂業者と趣味養蜂家との間の蜂場問題等でのトラブル増加などが起き、昭和30年に養蜂振興法制定以来はじめて、平成24年に議員立法により養蜂振興法が改正され、平成2511日から施行されました。これまで、生業養蜂家に課されていた養蜂の届出義務を趣味養蜂家までに広げ、蜂群配置の適正等を図るために、都道府県が蜜源植物の保護及び増殖に関する施策等が講じられるようになりました。 

 ただし、趣味で蜜蜂を飼い始める人が増えている状況下では、飼育届の提出など養蜂振興法等関係法令の遵守について周知徹底されていない課題も残しており、養蜂家どうしのトラブルはあるようです。沖縄県では独自の養蜂場マッピングシステムを確立して、関係者がパソコンでリアルタイムに蜂場の位置を確認できるそうですから、地域差があるかもしれません。 

 知れば知るほど甘くない話があり、何を信じて蜂蜜を食べればいいのかとカウンターに座った養蜂家に尋ねたら、「相手の顔を見て買いなさい!」とのこと。確かに、珈琲屋選びにも通じる話だった。