知らなかったムーミン

 今年は日本とフィンランドの外交関係樹立100周年を記念することから、1月に岐阜県現代陶芸美術館に行われた、「フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア」へ妻と共に出かけました。今回は、その記念イベントの一つで、名古屋市の松坂屋美術館で行われている、「ムーミン展 The Art of Moomin」(127日~119日)を一人で覗いてきたのでした。 

 「ムーミン」を生み出したのはフィンランドを代表する芸術家、トーべ・ヤンソンです。愛らしい姿とユーモアあふれる言葉で世界中のファンを魅了し、小説、絵本、新聞連載コミックなど、様々なかたちで親しまれていますが、私としてはアニメでしか観ておらず、「ね~えムーミン!こっち向いて!」といった、のんびりゆったりした雰囲気で独特の世界観くらいしか印象はありませんでした。当時は幼い子供であっても、一応男の子というわけですから、熱心に観た記憶はないのです。 

 ですから、「ムーミン」もカバの妖精くらいに思っていました。しかし、ムーミン展を観て、「ムーミントロール」という名前を初めて知ったのです。トロールといえば、妖精というより妖怪っぽいイメージを抱いていたこともあり、初期のムーミンのイラストが自分の知るムーミンとは違っていたため、よけいに違和感を抱きました。 

『ムーミン、海へいく』(筑摩書房/冨原眞弓訳) 収録の「ジャングルになったムーミン谷」で、ムーミン一家が動物園に閉じ込められる衝撃のエピソードが登場します。ムーミンたちは必死で「自分たちはカバじゃない、ムーミンだ!」と主張しますが、職員は聞く耳持ちません。結局、ミイの連れてきた動物学者が「ムーミン族はカバとは無縁」と証明してくれて、無事にムーミンハウスへと戻ることができたという話があります。 

ムーミン展では、フィンランドにあるムーミン美術館から、小説の原画やスケッチのほか、トーべ・ヤンソンがムーミン小説を手がける前に描いていたスウェーデン語系の政治風刺雑誌『GARM』の挿絵などが展示されています。また、「まぼろしのムーミン人形」とも言われるアトリエ・ファウニのムーミンフィギュアやイースターカード、アドベントカレンダーの原画、銀行や新聞の広告など興味を引くものもありました。ただ、トーベが浮世絵に影響されたであろうという趣向で、浮世絵と原画を並べて展示するのはチョット無理があるように思えました。 

 自分が観たアニメの印象と異なることから、1945年に刊行された『小さなトロールと大きな洪水』(講談社 富原眞弓訳)を読んでみると、「太陽が見えない」「もう二度と見えない」「寒い」といった不安な様子がストーリー全体につづいています。この処女作は1945年に刊行されたものの、作者が作品の構想を思い立ったのは1939年のことだといいます。この年はナチス・ドイツがポーランド侵攻して第二次世界大戦がはじまり、1939年から1940年には、ソ連との冬戦争でフィンランド国土の10分の1を失っています。そうした背景を知ることで、ムーミンへの見方も変わってきます。 

 実際、アニメと原作にはいくつかの違いもあります。アニメではムーミンたちは昔から谷に住み、長く親しい関係を築いているような印象を受けますが、原作では谷の外の土地から移り住んできており、彼らの関係はまだ出会って日の浅い他人同士でもあるのです。さらに、ムーミン谷には危険に満ちた環境であることです。嵐や洪水などの自然災害に見舞われたムーミンたちは、大切なものを失ったり、時には家も壊されたりと、大きな被害を何度も受けています。それに、なんといってもモノクロの姿からパステル調の姿になったことです。 

 初めて読んだ童話にアニメとの印象との違いに驚きながら、それまで知らなかったムーミンの世界を楽しんだ一日でした。