瑞浪市民公園散歩

 中山尚子原画展が行われた瑞浪市市之瀬廣太記念美術館は、瑞浪市民公園の一角にあり、市民体育館、野球場、テニスコートなどの運動施設のほかに、サイエンスワールド、地球回廊、瑞浪市化石博物館、瑞浪市陶磁資料館といった、教育文化施設が多数周りにあります。そこで、散策しながら巡ってみることにしました。
 子供たちが小さい頃に訪問して以降、20数年ぶりに覗いてみることになり、昔を思い出しながら次の順番で見て行きました。
サイエンスワールド
 ここは岐阜県が設置した施設で、先端科学技術を気軽に体験でき、展示物のない全国でも珍しい体験型科学館です。平日には、小中高特別支援学校の社会見学や理科の授業でご利用されるほか、休日には、参加型の実験ショーや工作コーナーが開催され、親子で手軽に楽しく科学技術を学ぶことができます。
瑞浪市地球回廊
 全長240mの地下ミュージアムで、地球が誕生した46億年前から現在までを、パネルや模型、200インチのハイビジョンなどを通して分かりやすく再現し、地球の進化をタイムトリップ気分で体感できる施設です。
瑞浪市化石博物館
 「2000万年にわたる自然の変遷を、化石や地質で復元すること」というのが瑞浪市化石博物館の展示テーマです。瑞浪市はかつて海の底であったことから、2000万年から1500万年前の1000種類におよぶ化石が発見されており、出土した貝類・魚類・ほ乳類・植物などの化石を展示されています。また、化石博物館の外には「化石の地下壕」と呼ばれる地下壕もあり、天井には貝化石が露出しており自由に見学できます。
瑞浪陶磁資料館
 美濃桃山陶をはじめとする古代から現代までの美濃焼、明治時代以降に使われた陶磁器の生産用具や機械などを展示して、美濃焼1300年の歴史をご紹介資料館です。
 いずれの施設も子供は無料(サイエンスワールドは大人も無料)で、他の施設は大人200円とリーズナブルです。有料施設4箇所の共通券なら700円とさらにお得となるため、公園内では子供連れが多く訪れており、あたらこちで子供の笑い声が聞こえています。
 けれど、この周辺にある地下壕は第二次世界大戦末期に強制連行された朝鮮人や中国人によって作られた過去があり、化石博物館の「化石の地下壕」脇には風化しそうなプレートが今も残っています。その事実について観光協会の資料で確認すると、
 『昭和19~20年頃の日本は戦争中で敗色濃厚となり敵の空襲を避け地下工場を各地に作り始めました。敗戦間近の年、岐阜県内では各務原2か所、川辺、高山と瑞浪の5か所で工場や飛行機誘導路の建設が進められていました。瑞浪の化石山(通称 ヘソ山)には、間組にて重爆撃機(四式爆撃機[飛龍])を製造するため川崎航空機地下工場が突貫工事で建設をされていました。その労働をさせられていたのが捕虜や無理やり連行されてきた朝鮮人や中国人でした。工事現場は、過酷な労働条件と重労働、栄養失調により病気や事故で、330人中39名が命を落としました。中国人労働者が脱走をしてつまかり体罰を受け全身打撲で死亡した話や、トロッコでひかれた捕虜が両足切断となり死亡した話、捕虜に蒸した芋を与えた老婆とその捕虜に罰をあたえた話などが残っています。この川崎航空機工業の瑞浪工場は結局完成することはありませんでしたが、現在も当時掘られた総延長8159.26mの広大な地下壕が残っており、その一部を利用して「地球回廊」が作られました。現在の市民体育館の場所には、捕虜の収容所がありました。昭和42年に不再戦碑が建てられ、第一回の慰霊祭が行われ現在も継続して開催されています。』とあります。
 三菱電機中津川製作所も元々は疎開工場として出発したのだそうですから、ここ瑞浪でも工場が完成していたら、今とは違った町並みになってたことでしょう。今、瑞浪市民の憩いの場所になっている場所で、笑顔いっぱいの家族の中に、こうした事実をどれくらいの人が知っているのだろうかと、瑞浪駅前にある加登屋食堂で、名物の「あんかけかつ丼」を食べながら思うのでした。(高校以来かな食べたの)