コップの話

 お客様の少ない昼の時間帯、大型バイクが店の前に止まって男性が店内に入ってきました。フルフェイスのヘルメットを外し、革ジャンを脱げは優しそうな男性です。厳つい男性を想像していただけに、何か拍子抜けした感じなのですが、一般的な中年ライダーの登場となりました。

 カウンターに座ってコーヒーとケーキを注文され、他愛もない話や世間話をしていると、どうやら名古屋近郊から恵那を廻って帰りに立ち寄られたそうです。そして、良く聞かれる開業についての話題では家族の反対がなかったのか等々、恵まれた環境を再認識しながら時間が過ぎ、中年ライダーは風のように去っていきました。

 今回のように、セカンドライフが近づいてきた年齢の人や、自分探しで何かを始めたいと思う方も多く、カウンター越しに色々と話を聞く機会があります。そして、その際に思い出すのが「コップの話」です。夢を実現するために目標となるコップにコツコツと水を入れ続ける努力をすれば、時間はかかるかもしれないけれど必ず夢は叶うという話。でも、私が聞いた話のポイントはちょっと違います。

 サラリーマン時代に出会って親しくなった部外講師の方ですが、その方が話していたのは水を入れる努力の話ではなく、穴の開いたコップに無駄な水を入れないため、底のあるコップを持つべく、”夢”を「明確に」「ありありと」「はっきりと」「具体的に」、形にしようというものです。30代の頃は「そうなんだ。」といった程度にしか思っていませんでしたが、50代に入って現実的に進めようとした時に「やはり、そうだったんだ!」と意味が腹に落ちたような気持になりました。

 自分の夢を紙の上で絵に描いたり、文字で文章にして表現したり、一見幼稚な作業に見えますが、夢を語る人の多くは喋ることは出来ても絵や文字で具体的に示していません。何度か行った開業セミナーにおいても、「〇〇のような感じの店」とか「〇〇風の店」といったイメージだけが先行している参加者も見受けられました。確かにイメージも大切ですが、それを具体化させる肉付けの作業が一番求められます。良くも悪くも自分のオリジナルな部分です。

 「自分のオリジナルな部分」を言い換えると、「自分の進むべき道」です。多くの人が周りの他人の言動や行動に依存したり、過敏ともいえるような影響を受けているように思います。自分の現状を把握するために周りの状況を知ることは大切ですが、自分の進むべき道さえ見えていれば、比べるのは「昨日の自分と、今日の自分と、明日の自分」だけなのですから。

 今の自分も道半ばです。今後も自分のコップをしっかり握りしめ、自分らしいスピードで水を加えていこうと思っています。あくまでも自分らしくです。