聲の形

 コーヒー関連の本が欲しかったので、Amazonで検索すると在庫待ちの状態だったため、名古屋市郊外の書店へ出かけるついでに、以前から気になっていた映画『聲の形』を見てきました。

 『聲の形』は作者が2008年に週刊少年マガジン新人漫画賞入選を受賞した作品ですが、「いじめ」や「障害」を題材としていたことから一度掲載が見送られ、その後、作品の完成度の高さやメッセージ性の強さから、弁護士や各種団体に相談し、受賞作をそのままの形で『別冊少年マガジン』2011年2月号に掲載されたものです。
 そのため、映画『聲の形』の感想として多く見られるのが、「感動した」、「胸糞悪い」という正反対の2つの評価があるようですね。確かに人物描写があまりにもリアルであるため、主人公やクラスメイト、周りの大人たちのセリフが自分の経験と重なったり、仮に経験していなくても生々しく想像できるから、見ている人の心に突き刺さるのかもしれません。人間のエグい部分を受け入れることが出来る人と、できれば関わりになりたくないって人もいますから。

 この映画に興味を持った理由は、舞台が大垣市であること以外に、自分が手話サークルに関わっていることもあります。仲間の何人かも既に作品を見て様々な感想を寄せていたので、自分がどのような感想を持つのか確かめたかったのかもしれません。冒頭の聴覚障害児を普通小学校に特別な対応なく編入する不自然さや、教員をはじめとする学校関係者に違和感を覚え、スムーズにストーリーに入り込めなかったこともありますが、聴覚障害者が近くにる環境だからこそ、自分自身を振り返る感覚になりました。

 聴覚障害を持つ子供の場合、昔は多くが聾唖学校に入っており、聾教育の変遷について何度も聞いてきました。また、小学校まで普通小学校に通い、その後に聾唖学校へ編入するケースも聞いたことがあったのですが、健聴者との学校生活での苦労や授業の様子など知らないことが多いことに気付かされたのです。まして、難聴者についてはなおさらです。

 また、聴覚障害の子を持つ家族のことも思い浮かべました。身近にいる親子が聴覚障害者である、「デフ・ファミリー」や、両親が聴覚障害者で子供が健聴者である、「コーダ・ファミリー」など、映画を通じて思い出したり、想像したりするのです。そうした家族に関わったのが随分昔になってしまったため、今、あまりにも自然にお付き合いしているので、映画のように初めて出会った時のような感覚を忘れてしまったのです。

 一つ気になるのは、聴覚障害者の方がこの映画を見てどう感じたのだろうか?字幕付きが上映2週目から追加されるなど、何だか不手際が気になるし、映画の世界だからと客観的に見れるのかな?