リトル・フォレスト

 岩手県奥州市衣川区大森地区を舞台にした「リトル・フォレスト」(五十嵐大介:講談社)は、朝ドラの「あまちゃん」に出演した橋本愛主演で映画になりましたが、橋本愛がどう頑張っても田舎の風景に合わないので、原作の漫画の方が好きですね。

 「リトル・フォレスト」は小森という集落を舞台にし、主人公の日常を「日々の食事」というキーワードで淡々と展開していく連作物です。雪降る冬の寒さ、まとわりつく夏の暑さに耐えながら、手間ひまかけて作った食材を味わう、まさにスローフードの醍醐味が作者独特の淡いタッチで描かれており、子どもの頃の風景や妻の実家での暮らしぶりに近いところもあってか、「こんな暮らしに戻ってもいいのかな?」って思えてしまいます。田舎暮らしを始めた友人も、こんな暮らしがしたいのかも知れません。

 作品の中に時々ドキッとする言葉が出てきて、思わず自分の行動を振り返ってしまうこともあるのですが、一番気に入ったのは、家を出て行った母親から届いた手紙の内容です。これから読み返すこともあるかもしれないと思い、ちょっと長くなりますが全文を記録しておきます。 

 母の手紙『何かにつまずいて それまでの自分を振り返ってみる度に わたしって いつも同じ様な事でつまずいているなって いっしょうけんめい 歩いてきたつもりなのに 同じ場所をぐるぐる円を描いて戻って来ただけな気がして 落ち込んで・・・』『・・・でも わたしは経験を積んだんだから それが失敗にしろ成功にしろ 全く同じ場所って事はないよね じゃあ“円”じゃなくて“らせん”だって思った』『一方向から見たら同じ場所をぐるぐるに見えても きっと 少しずつは上がってるか下がってるかしてるはず それなら 少しはマシかな・・・』『ううん それよりも人間は“らせん”そのものかもしれない 同じ場所で ぐるぐる回りながら それでも何かある度に 上にも下にも伸びていくし 横にだって・・・』『わたしが描く円もしだいに 大きくふくらんで そうやって少しずつ“らせん”は きっと大きくなっている そう考えたら わたし もう少し がんばれるって思った』

 四季を通じて同じことを延々と続ける田舎暮らしを指しているようですが、私たちの日常生活でも同じことが言えるのではないかと感じました。あたりまえのことを続けることの難しさ、人と違ったことをすることにこそ価値があると勘違いしている多くの人々がいる時代に、ちょっと立ち止まって自分を見つめる時間を作れたような気分です。