よだかの星

 宮沢賢治の作品に「よだかの星」という短編小説(童話)があります。1921年頃執筆されたと考えられる作品で、賢治が亡くなった翌年(1934年)に発表されているものです。あらすじは次のような内容です。
 『よだかは、美しいはちすずめやかわせみの兄でありながら、容姿が醜く不格好なゆえに鳥の仲間から嫌われ、鷹からも「たか」の名前を使うな「市蔵」にせよと改名を強要されて故郷を捨てます。同時に、自分が生きるためにたくさんの虫の命を食べるために奪っていることを嫌悪して、彼はついに生きることに絶望し、太陽へ向かって飛びながら、焼け死んでもいいからあなたの所へ行かせて下さいと願うのです。太陽に、お前は夜の鳥だから星に頼んでごらんと言われて、星々にその願いを叶えてもらおうとしますが、相手にされません。居場所を失い、命をかけて夜空を飛び続けたよだかは、いつしか青白く燃え上がる「よだかの星」となり、今でも夜空で燃える存在となるのでした。』

 「よだか(ヨダカ)」という野鳥を主人公としたこの作品は、賢治作品の中でも、とりわけ多くの人々に深い感銘を与えています。それは、この作品が人間ひとりひとりが持つかけがえのない尊厳を私たちに教えてくれることや、現代社会で問題となっている「差別やいじめ」を考えさせられることや、また環境問題と関連して「自然生態系の食物連鎖」のことが含まれていることなど、私たちが身につまされるテーマが、深く掘り下げられて描かれているからではないでしょうか。

 宮沢賢治は、作品中に登場する架空の理想郷に、岩手をモチーフとしてイーハトーブと名付けた多くの作品を作っています。3年前に妻と結婚25年の記念に訪れた岩手旅行で、記念館や美術館を訪れながら賢治の世界に浸ってきたことが思い出されます。そして、その年の12月には、美濃加茂市民ミュージアムで展示された、中山尚子(なかやま ひさこ)さんが「よだかの星」など、宮沢賢治の作品を題材に描かれたイラストを偶然見かけて魅了されたのでした。とても感動して妻に語りかけたことを覚えています。

 実は今回、縁あって中山尚子さんのお宅に訪問し、「よだかの星」を題材にした作品の中から、数点ジクレー版画にした物を店舗に展示しようということになりました。中山さんの作品に出合った頃は、珈琲自家焙煎店を始めようとは思ってもいなかったので、とてもご縁を感じるとともに、ご縁を繋いでいただいた方に感謝するばかりです。突然、中山さんのお宅に訪問することになった自分にも驚いたのですが、自然と背中を押していただいた不思議な感覚も驚きでした。